「物語を可視化し共有するデザイン」に向けての覚書

 このウェブサイトは、「〈もの〉と〈ものがたり〉のデザイン研究会」の3人のメンバーが開設したものです。この研究会は、宮田雅子(愛知淑徳大学/デザイン論)、水内智英(名古屋芸術大学/デザイン論)、南部隆一(株式会社ACTANT/グラフィックデザイナー)の3人で不定期に開催している小さな勉強会からはじまりました。3人のメンバーは、これまでそれぞれ、地域づくりや市民のメディア表現、ヘルスケアなどを題材としたデザインの実践的で共創的な活動に取り組んできました。とくに2000年代以降、デザインはその対象を〈もの〉から〈こと〉へと移し、製品の実用的な側面や美的な側面をかたちづくることだけでなく、その製品をとおして人びとにどのような経験や価値を提供することができるのかということに注目して、一定の成功をおさめてきました。ソーシャル・デザインやサービス・デザインなど、もともとデザイナーではない人びとも加わって新しいコミュニティやサービスの価値を生み出すことにも成功しています。〈こと〉のデザインという考え方には、デザイン論の一時的な流行にはとどまらない妥当性があると思います。

 しかし一方で、われわれは、〈もの〉をとおして〈こと〉を経験しています。〈もの〉なしに生活することはできません。デザインは、やはり〈もの〉についてまったく考えなくて良くなったわけではないのです。このところ少し軽視されてきた〈もの〉について、デザインはこれからどのように考えていけば良いのか、そこのところを少し立ち止まって考えてみたい、というのがこの研究会の興味の根底にあります。

 近代デザインは、消費社会の発展と同時に発展してきました。蒸気機関を使用した大量生産によって、さまざまな製品が一般的な各家庭に普及すると同時に、次々と記号としての〈もの〉を消費するライフスタイルが次第に人びとの生活に受け入れられてきました。

 そしてデザインはつねに、社会の中にある不自由や不便さといった〈問題〉を解決することを目的とし、新しいプロダクトやサービスを次々と生み出すことをとおして、人びとが憧れる豊かで幸せな未来の生活のイメージを描き出してきました。その構造は、デザインの対象が〈もの〉から〈こと〉へと変化してきたといわれる今日においても、大きくは変わっていません。しかしそうしたデザインが持つ〈問題–解決〉型の構造には、場合によっては窮屈さも感じられないでしょうか。

 社会の中に潜在的に、解決されるべき事態としての〈問題〉があり、それを発見して〈解決〉するのがデザインの役割であるとします。たしかに、生活に必要な家具や家電、衣服や道具などが普及の過程にあった場合は、それらの製品をより良く便利なものになるようにデザインすることが必要でした。しかし、複雑性の増していく現代社会においては、万能な人間が自然環境を含めたあらゆる自称をコントロールし、様々な問題を解決できる、社会がより良くなっていく、という近代デザインの命題にしたがった方法論では、行き詰まってしまう場面も見え隠れしはじめています。そういった社会構造の変化から目をそらしたまま、あまり必要のない機能を製品に付加したり、重箱の隅をつつくような「ささいな問題さがし」へと移行したりすることで、〈問題〉を解決しているように見せることがデザインの目的へとすり替わってしまう。そのような事案が多い現状も否めません。

 繰り返しになりますが、現代社会が抱える問題群は複雑さを増しています。地域社会の疲弊、歯止めのかからない地球環境問題、人間の精神環境問題、深まる民族的摩擦などの背景には、多くの要因が連関し、予測できない新たな問題群を引き起こしています。言い換えると、あらかじめのリスク予測とその対処が不可能な時代となったともいえます。そして、そこではこれまでのように原因と結果の因果関係は明らかではなく把握することは困難です。問題の原因を探りそこに対処を施す、これまでの〈問題–解決〉型のデザイン方法は、問題を起こしている原因と結果の関係が明らかなものにしか適用できません。現代社会で有効な新たなデザイン方法が必要とされているといえます。

 また、〈問題〉が解決されたことによって救われる人がいる一方で、〈問題〉を解決することにより、そこから排除されたところに新たな〈問題〉が発生するという事態も生まれました。別の見方をすれば〈問題〉は必ずしも綺麗に〈解決〉しなければならないとも限らないのではないでしょうか。〈問題〉には、見方を転換する、適応する、といった〈解決〉以外の方法もあるはずです。

 そう考えると、無限に拡大するわけにはいかない消費社会において、〈問題–解決〉型のデザインの方法論には限界があったと考えられます。ポストモダニズムにおいて、「大きな物語は終焉した[1]」といわれる現在、価値観は多様化し、個人の分断が問題視されています。これまで消費経済の発展とともに20世紀の「良き生活」のイメージを引っ張ってきた〈問題–解決〉というデザインのパラダイムに代わって、新しいデザインの方法論を考える必要に迫られているのではないでしょうか。このことはなにも環境問題といった大きな事柄に関してだけではありません。自分自身や身のまわりの声を丁寧に聞いてみると、われわれが日々過ごしている生活の中で、ある種の不具合が頻出していることは明らかです。消費では解消されないなんともいえない将来不安や性差別の問題など、どうやって解決していいのか、誰に異議を唱えていいかわからないけれども、誰もがなんとなく感じている生きづらさ。そういった些細で個人的な事情こそが、われわれの考えていくべき複雑性だと考えています。

 「〈もの〉と〈ものがたり〉のデザイン研究会」のメンバーは、これまでにデザインの実践的な活動に取り組んできました。そしてその活動の中で、次第に、個別具体的な取り組みを裏づけるようなデザインの理論がそろそろ必要な頃合いなのではないかと感じるようになってきました。そこで、まずは問題を解決するための〈問題–解決〉型に代わるデザイン論を検討しようと考え、われわれが今検討するべきデザインの方法論に、さしあたり〈物語–共有〉型のデザインという呼び名をつけることにしました。

 〈ものがたり〉という言葉には、〈もの〉が含まれます。〈もの〉という言葉は、物体や物品のような実体としてのかたちを持った対象を指しますが、それだけでなく、「もののけ(物の怪)」などともいうように、じつは妖怪や怨霊などの目に見えない不可思議な力を持つ存在という意味も持っています。つまり〈ものがたり〉には、目に見える〈もの〉について語るだけではなく、時間や空間を超えて、今ここにある現実とはかけ離れたところでのできごとを私たちに身近なものとして伝え、記憶にとどめさせる作用があるといえます。鬼や妖怪が出てくるような民間伝承には、ただのファンタジーとしてだけではない意味づけがあり、共同体や地域における生活の知恵や工夫を伝える役割も果たしてきました。

 さらに、〈もの〉は、人間からの影響を及ぼされるだけの受け身な存在ではありません。B.ラトゥールやM.カロンが提唱したアクター・ネットワーク理論[2]によると、〈もの〉それ自体が「アクター(関与者)」でもあります。人間中心主義的なデザインにおいて〈もの〉とは、人間になにかの機能や価値をアフォードするものと捉えられてきました。しかし、〈もの〉は一方的に人間に機能を提供したり社会に影響を及ぼしたりするわけではありませんし、逆に、社会や個人の要求をただ受容して反映するようなキャンバスでもありません。われわれが暮らす社会は、人も〈もの〉も一緒になって形成している異種混交的なネットワークである、とアクター・ネットワーク理論では述べられています。だから、〈もの〉をとおして人間に価値を提供するためのデザイン論ではなく、そうしたネットワークの一部としての〈もの〉のデザインをデザイナーは考えていなかければならないのではないかと思います。

 これらのことは、〈もの〉をとおして〈かたる〉ことで、あるいは〈もの〉が〈かたる〉ことに返答しながら、われわれは今ここにはない記憶を共有したり、我々自身が変容していくことを体験してきたといい換えることもできるでしょう。おそらくそこには、解決すべき問題はなく、長期的につきあっていく複雑性、解決はできないけれど飼いならすことのできる問題群があるのかもしれません。

 こうした考えを持って、本研究会のメンバーは、これまでに異分野の専門家のところへインタビューに行ってきました。デザインの内側だけから考えていてもわからない問題について、隣接する他の分野の専門家と語り合うことで新しい視点が見えてくるかもしれないと期待してのことです。そして、そのねらいどおり、他ではあまりないようなユニークな議論ができたという実感を得たため、このウェブサイト『〈もの〉と〈ものがたり〉のデザイン研究会』で公開することにしました。今後もさまざまな分野の方へのインタビューを続けていき、シリーズとして掲載していく予定です。また、このウェブサイトを、これからのデザインの課題について考えていくための場としたいと思っています。これから、あたたかく見守っていただければ幸いです。


[1] フランスの哲学者J=F.リオタールが『ポスト・モダンの条件』(1979年)において述べた。もとは、20世紀の科学が真偽や善悪を問うための疑いのない基礎を見失ったことを指すが、敷衍して、科学にかぎらず人びとが依拠すべき礎を見失ったことに対してもこの言葉が使われる。

[2] 1980年代にミシェル・カロン、ブルーノ・ラトゥール、ジョン・ローらによって提唱された社会学理論。人間も非人間も動的なソーシャル・ネットワークの一部であると捉える研究アプローチ。科学技術の発達にともない環境破壊などが進行した時代において、人間を中心とした社会の捉え方に疑問を唱え、人もものも同じ時間軸・空間軸上にある有機的なネットワークであると捉えた。


2017年2月17日 
「〈もの〉と〈ものがたり〉のデザイン研究会」
宮田雅子、水内智英、南部隆一

このウェブサイトは、科研費基盤研究(C)(一般)『リスク社会における「物語を可視化し共有するデザイン」の実践と基礎理論の構築(平成27〜29年度、JSPS KAKENHI Grant Number JP15K00703)』の助成を受けておこなった活動の成果を公開するために開設しました。


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